日田市の皆様、介護福祉士講座の5つの特長です
日田はこんな町です
日田市(ひたし)は、大分県北西部に位置する市である。 大分県に位置するが、筑後川水系にあるため歴史的に福岡県筑後・筑前地方とのつながりが強く、この地域の方言である日田弁は肥筑方言の特徴を持つ。 周囲を山に囲まれた典型的な盆地であり、多くの河川が流れ込み「水郷(すいきょう)」を形成している。そのため、春から秋にかけては、朝夕に地元では「底霧」と呼ばれている深い霧が発生する。また、雷の発生数も全国有数である。加えて、盆地であるために空気が滞留し、夏は暑くなり最高気温が35℃を越える猛暑日となる日も多く、海から離れた内陸部のため冬は寒いという気候が顕著に現れる。日田市は山間部にあるため、大分県内においては、積雪も多い地域である。市内中心部でも、多い時には10センチメートル程度の積雪が見られることもあり[要出典]、より山間部に入っていけば、積雪が10センチメートルを超えることもある。また、山間部の地域では降水量が非常に多く、それが杉や桧の生育を早めるため、林業地域としての日田に寄与している部分もある一方で、土砂崩れのような自然災害を発生させる原因ともなっている。 日田盆地周囲の山地は、標高がおよそ1,000メートル、旧前津江・中津江・上津江村の位置する山間部では、標高が1,200メートルほどになる地域がある。 日田盆地に流れ込む多くの河川は、三隈川(筑後川)に合流する。これらの河川は江戸時代の末期には、日田周囲の地域で伐採された木材や物資を、筑後川下流の福岡県久留米や大川といった都市までの物流手段として欠かせないものとなった。これを日田川通船といったが、夜明ダムが建設されたことによって、このような輸送方法は行われなくなった。 「日田」の地名の由来にはいくつかの説があり定かではない。 「湖であった日田盆地に大鷹が東から飛んできて湖水に羽を浸し、羽ばたき、旭日の中を北へ去ると、湖水は轟々と抜けて干潟となった。そして日隈、月隈、星隈の三丘が現れた。」という「日と鷹神話」が『豊西記』にあり、それよりヒタカと呼ばれるようになったという。 『豊後国風土記』では、景行天皇が九州遠征時に浮羽から日田に立ち寄った際に、「久津媛」(ひさつひめ)と名乗る神が人となり現れたことに因んで名づけられたもので、後に久津媛が訛って「日田」になったとしている。 日田郡と呼ばれる以前は日高郡と呼ばれており、本来は日高見国であって、そこから日高、日田になったという説もある。現在も地名は、三芳地区に「日高町」として現存している。 古くから市周囲の山間部での林業が栄え、それらの林業地で育つ杉は、日田杉と呼ばれてきた。そのため、この杉を用いた下駄作りや漆器などの木工業がさかんである。しかしながら近年は外国産の安い木材の輸入増加などをうけ、林業自体が以前に比べて衰退傾向にある。 この他、三隈川では鮎などを対象とした内水面漁業が行われる。また、井上酒造、クンチョウ酒造、老松酒造などの酒造業も古くから存在する。 近年はTDK、九州住電装等の工場や、サッポロビール九州日田工場、三和酒類日田蒸留所等の食品工業が進出している。