久留米市の皆様、介護福祉士講座の5つの特長です
久留米はこんな町です
久留米市(くるめし)は、福岡県の南部(筑後地方)にある都市。福岡市、北九州市に次いで福岡県第3位、九州全体では第8位の人口を擁している。 福岡県南部と佐賀県東部にまたがる筑紫平野で最大の都市で、市町村制施行時(1889年4月1日)からの市である。2001年に特例市に指定され、2005年2月5日に三井郡北野町・三潴郡三潴町・三潴郡城島町・浮羽郡田主丸町を編入し人口が30万人を突破、2008年4月1日に中核市に移行した。 市域は旧三潴郡・三井郡・浮羽郡に該当する。筑後地方の中心都市であるとともに、独自の経済圏を形成しており、広域圏の人口は約50万人である。福岡市の吸引力増加から中心市街地の吸引力(主に商業面)は著しく低下しているが、福岡市都市圏南端のベットタウンとしての役割も持ちつつある。 福岡県の南部、筑後平野に位置する。中心街である西鉄久留米駅からJR久留米駅にかけての一帯は福岡市から約40kmの場所に位置するが、2005年の周辺自治体編入により市域は東西約32km、南北約16kmとなり、東西に長くなった。市の北東部から南西部にかけて、筑後川が流れている。ほぼ川に沿って境界が引かれており、筑後川が市内を貫いている部分は少ない。市の南部から南東部は耳納(みのう)連山と呼ばれる山地となっており、鷹取山・発心山・耳納山などの山々が連なっている。 「久留米」という地名は室町時代から文献に見られ、「久留目」とも書かれた「報恩寺坪付帳」によると1418年には「久留目」という地名が記されている) その語源については、 筑後守吉志公忠が天慶七年(944年)に注進した「筑後国神名帳」に「玖留目神を祭祀した」との記述があり、これによるとするもの。 上古、大陸から渡来した機織りの工人集団がこの地に住んでいたので「呉部(繰部くりべ)」の居住した地、あるいは「呉姫(くれひめ)」、「呉女(くれめ)」、「繰女(くりめ)」とよんだのがクルメに転訛したというもの。 用明天皇の皇子である「来目皇子(くめのみこ)」に由来するというもの。(来目皇子は新羅討伐のため筑紫に下り推古11年(603年)福岡県糸島郡志摩町久米で病死している) 筑後川が大きく蛇行していることから、それを意味するクルメク(転く)を語源とするもの。 などの諸説があるが定説はない。