船橋市の皆様、介護福祉士講座の5つの特長です
船橋はこんな町です
船橋市(ふなばしし)は、千葉県北西部に位置する都市。中核市に指定されている。千葉市に次いで千葉県では人口第2位である。また、政令指定都市を除く市では熊本市、鹿児島市に次いで人口第3位、都道府県庁所在地も除いた場合では、人口第1位である。 船橋市は千葉県の北西部に位置し、東京と県庁所在地である千葉市のほぼ中間、共に半径20km圏域に位置する。面積は85.64km2。東京湾の最奥部に位置し、海上交通、陸上交通の要所として栄えた。市制の施行は県内では千葉、銚子、市川に続く4番目であった。人口は県都千葉市に次ぐ第2位である。1960年完成の公団住宅前原団地の進出契機に、内陸部には多くの住宅団地が開発され、人口が大幅に増加した。近年は緑地の保全などの環境面への配慮から、大規模宅地開発は抑制されている。 市域の広がりは東西13.86km、南北14.95kmである。中央部一帯は標高20-30mの平坦な洪積台地で、下総台地の一部である。最高所は市北部(習志野3丁目)の32.3mであり、最低所は臨海部(南海神1丁目、湊町1丁目)の0.2mとなっており、臨海部では一部海抜ゼロメートル地帯が広がる。その先の最も海寄りの臨海部は沿岸流によって形成された砂丘地帯で、海神・宮本の台地を覆い、市川から千葉へと続く。かつては遠浅の海岸であったが、現在はほとんど埋め立てられ、唯一三番瀬のみが当時の名残を見せる。 下総台地は、西部を南流して海に注ぐ海老川、東北部は東流して印旛沼に注ぐ神埼川、その他の小河川があり、主に海老川水系と利根川水系(印旛沼 – 神埼川)の分水界を形成している。台地と砂丘の間の低地は沖積平野で、天沼・蓮沼がある。河川による樹枝状侵食谷には谷津田が営まれ、台地上は林と畑であった。現在は利便性の良い場所では、台地上下に住宅・団地が広がっている。 市名の起こりは、市成立以前の船橋町に因む。船橋の地名の起源については諸説あるが、伝説では日本武尊が東征の折、川を渡るために船で橋を作ったのが由来とされている。市内を流れる海老川に船を並べ、その上に板を渡し橋を造った。そのような船で造られた橋の事を「船橋」と言うことから船橋となった、というのが最も有力な説である。海老川はかつて現在よりも水量、川幅があったとされ、現在は陸地であるが夏見干潟と呼ばれる大きな入り江があり、湊として栄えていたという。 船橋という地名が世間で用いられるようになったのは鎌倉時代とされており、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」に「船橋」という地名が出てくる。 ふなばしアンデルセン公園 市民文化ホールの夾竹桃 – 作家、太宰治は1935年から1936年にかけて船橋に住み、彼の植えた夾竹桃の木は、同市本町の市民文化ホール前で今も見ることができる。 三番瀬 – 海岸沿いは基本的に工業地域であるが、その一部に干潟を再生し(元々航路があったが、付け替えにより使われなくなり、再度埋められた)、ふなばし三番瀬海浜公園としている。潮干狩りが楽しめるほか、谷津干潟の鳥の餌場となっている。 吉澤野球史料保存館 – 個人コレクションによる野球専門博物館。特に戦前のアマチュア野球の史料は随一。 遺跡・文化財 [編集] 城址跡 [編集] 千葉県の城#船橋市を参照のこと。 文化財 [編集] 船橋市指定文化財一覧を参照のこと。 祭礼・行事 [編集] 市内の主なの祭礼・祭り [編集] 二宮神社式年大祭 – 丑年と末年の11月に行う、以下参加する神社。 船橋市 – 二宮神社,八王子神社(古和釜) 千葉市 – 子安神社(花見川区畑,花見川区幕張),三代王神社(花見川区武石) 習志野市 – 菊田神社(津田沼),大原大宮神社(実籾) 八千代市 – 時平神社(大和田・萱田町)、高津比咩神社(高津) ふなばし市民まつり 7月下旬 奉納相撲(意富比神社:船橋大神宮)10月20日