福岡市の皆様、介護福祉士講座の5つの特長です
福岡はこんな町です
福岡市(ふくおかし)は、九州の北部にある福岡県の西部に位置する人口約152万の市である。福岡県の県庁所在地であり、政令指定都市に指定されている。九州地方の行政・経済・交通の中心地であり同地方最大の人口を有し、関西より西では最大の人口を擁する都市である。同市を中心とする福岡都市圏は都市雇用圏として全国第5位の人口を擁し、北九州市(北九州都市圏)とともに形成する北九州・福岡大都市圏は都市単位の経済規模において日本の4大都市圏に数えられる。
博多湾に面するこの地域は古来から博多(はかた)として認識されており、大陸方面への玄関口として利用されてきた。中世に商人による自治都市が形成され、戦乱で度々焼き払われながらも、豊かな町人文化を育んだ。豊臣秀吉の手で復興されたのち、黒田氏が福岡城とその城下町を築いたことで、那珂川を境に西が城下町としての「福岡」、東が商人町としての「博多」となった[1]。その後、江戸時代から明治時代初めにかけて、福岡と博多は共存していたが、1876年に福岡と博多は統合され福博(ふくはく)となり、その後、福岡と改称された。
明治維新当時、九州地方最大の都市は長崎市・鹿児島市であり、九州地方を統括する中央の出先機関は当時熊本市に置かれるなど、九州地方における福岡県および福岡市の重要性は低かったが、1899年(明治32年)博多港開港、1911年(明治44年)九州帝国大学設置に端を発して発展が進み、徐々に九州地方の中枢として位置づけられるようになった。1910年代(大正時代)に熊本市の人口を抜き九州地方最大となる(大正9年の人口統計では熊本県の人口の2倍を超えている)。また、この時期から九州を統括する中央の出先機関は福岡市に移行している。1963年(昭和38年)に五市合併で小倉市が元々は筑前国遠賀郡であった現在の戸畑区、若松区、八幡西区、八幡東区と合併し北九州市が発足すると、日本製鉄などの重工業地域を吸収したことによって同市の人口が九州地方最大となったが、その後、昭和後期の日本における炭鉱の相次ぐ閉山・第三次産業の急速な発達と、政令市指定・山陽新幹線博多延伸などを経て、1979年(昭和54年)に再び福岡市の人口が九州地方最大となった。現在も急速に人口増加が進んでおり、平成22 – 25年にかけて、福岡市は政令市の中で人口増加数・増加率ともに最大である。2035年には約160万人に達するとされている。
福岡市の都心は、天神と博多の両極がある(それぞれ江戸時代の福岡と博多に相当する)。天神は福岡市役所と西鉄福岡(天神)駅・福岡市地下鉄天神駅・天神南駅のほか、多数の百貨店やファッションビルが集積する繁華街となっており、博多には在来線・新幹線のターミナルである博多駅があり、また福岡空港も地下鉄で数分と至近距離であるため、大企業の支社が集積するビジネス街となっている。天神と博多を隔てる那珂川の中州に形成された歓楽街は、中洲(なかす)として全国的に有名である。天神・博多・中洲・長浜などで夜間に常設される屋台の数は日本一[2] で、屋台目当ての観光客も多い。1995年には複合商業施設キャナルシティ博多が中洲の東側に開業、2011年には九州新幹線博多延伸に伴い博多駅に複合商業施設JR博多シティが開業している。
福岡市の主な副都心としては、西新と香椎が挙げられる。両者の周辺には高校や大学、専門学校が多数存在するほか、埋め立てウォーターフロント開発地区として、西新の北にはシーサイドももちが、香椎の西にはアイランドシティが隣接している。特にシーサイドももちには、福岡ヤフオク!ドーム・ホークスタウン・福岡市総合図書館・福岡市博物館・報道関連各社といった文化・エンターテインメント施設が集積している。福岡都心は福岡空港に近く超高層ビルが建てられないが、福岡市内の高さ100m以上の建造物の殆どが(比較的高さ規制の緩い)この両副都心の近辺にある。この両副都心ほど大規模ではないが他に福岡市の副都心として挙げられる地域は、大橋や姪浜がある。